旅の足跡 平成13年4月19日〜5月9日(2001/04/19-05/09)
“ネガティブ”のすすめ
一つの旅を終えた私は、帰国したその日に人と待ち合わせをしていた。久しぶりに遠方から上京してくる友人が東京で会おうと言うので、スウェーデンに出立する前から約束をしていたのだ。
成田空港へ車で迎えに来てくれた同僚に荷物を預け、東京駅まで送ってもらい、中央改札口の前でしばらく一人で待つことにした。背もたれもない堅い椅子に腰掛け、何をするともなく少々時間を持て余している私の目の前を、背広姿の男たちが何人も通 り過ぎて行く。彼らは皆、携帯電話を耳にあて、怒鳴るような大声で話しながら足早に歩いている。
二十日間もの間、極端にゆっくりした時間を過ごしてきた私は、どうしてこうも日本人は忙せわしなく動いているのだろうかと、うんざりした気分にさせられていた。きっと彼らは、東京こそが日本そのものであり、自分たちはそのイニシアチブを握る“オピニオン・リーダー”であるかのような幻想を抱いているのではないだろうか……、などといった過剰な嫌悪を覚えてしまう。嗚呼、都会とはどこもそうしたものなのか。いや、どこもではない。少なくともスウェーデンの首都=ストックホルムの男たちは随分と違って見えた。しかし、それを言っても詮ないこと……。
さて、私の職業はというと、単純に言葉にするならば、一応はビジネスマンということになっている。北欧のスウェーデンからログハウスを輸入して、今は信州安曇野でわずかな商いを糧として暮らしている。しかし、このレポートを書いた当時は、都会の端くれとも言うべき埼玉 (川口市)に長く住んでおり、日々を忙殺されるがままに生きていた。おそらくは、「街を離れて山の見える静かな場所に住みたい……」と強く念望するに至るきっかけとなったのがこの旅だったような気がする。とりあえず、作家でも記者でもない。
ところで、“ビジネスマン”と言えば文字通り忙しい人のことを指すのだと思うのだけれど、今の私は忙しく仕事をするのがあまり好きではない。以前は、毎日ネクタイをしめ、胸ポケットの手帳には常にビッシリと予定が書き込まれていなければ不安で仕方がなかった。そう、まさに先述の“東京駅の男”たちのようにだ。
しかし、今の暮らしはまったく一転してしまった。春と夏はそこそこに仕事をするのだが、その実、昼間は何とはなしに庭仕事などをしながら来るあてもない客を待ち、蜩が鳴く黄昏れの刻には、ベランダのベンチに腰掛け、バロック音楽を聞きながら本を読んだりして過ごす。そして、秋から冬になれば、薪ストーブの前に置いた椅子にもたれ、チロチロ燃える火と爆ぜる薪の音を肴(さかな)にビールを飲むのだ。
暇にまかせ、時々は散文の創作にふけったりもするのだけれど、実を言うと、こうしたことが私のささやかな夢だったので、たやすく叶ってしまった小さな夢の実現に、私は大いに満足をし、こんなにも怠け者になってしまった自分を可笑しみ楽しんでいる。
そんな暮らしに慣れ、すでに三年半が過ぎた。しかし、未だ水道すらなく、水は近くの沢へ湧水を汲みにいき、風呂は近所の温泉宿でもらい、冬の暖房は山から拾ってくる薪芝をストーブにくべる。そして、栄養補給は親しい農家でもらう野菜で事足りるという日々をすごしており、これはむしろ精神的な贅沢の極みとすら思いありがたがっている。
都会にいた頃の同僚は「あんたは、そんな暮らしで不自由はないと言うけれど、それだから向上心がなくなるんだ。旨い物を食って良い生活をしたいと思うのが人間であり、それがポジティブな生き方だ」と言って叱る。けれど、「何も不満がないのだから、ネガティブだって良いじゃないか。むしろ、望まないことがいかに楽で幸せなことか。勝つことが正義で負けることが劣悪、ポジティブが陽(+)でネガティブが陰(-)だと決めつけて疑わない“都会”という宗教にこそ疑問を持つべきだ」と私はいつも言い、彼を呆れさせた。
「プラス思考ばかりの人間など片輪をはずされた車のようではないか……」とは作家の五木寛之氏の言葉であるが、まったくその通 りだ。人にはいつだって陰陽と悲喜の両面がつきまとうものなのだから、無理に虚勢をはり「頑張れ、頑張れ! 走れ、走れ!」という後ろからの声に脅威しながら生きるのは愚だ。
これまでの私は、「勝たなければならない!」という強迫観念と妄想に捕われ、戦い続けること、成功への野心を持ち続けることが向上心であると放言する、文字通 り都会の宗教にかられていたのに他ならないのではないだろうか。
騙されてはいけない。本当の「ポジティブシンキング」とは、弱い自分も醜い自分もスランプでウツで自信が持てない自分も、全部丸ごと認めて許してしまえる勇気を持つことではないだろうか。何をやっても駄 目で、バカでノロマで出ベソでハゲでおまけに短足胴長でも、そんな裸の自分を受け入れ正直に向き合うことが一番大事なんだ。そうすれば、全ての葛藤は終わり心は楽になる。
決して、エメラルドブルーに光り輝く“幸せの青い鳥”を探し求め、夢想してはいけない。真実の青い鳥は、依存と野望と自我を捨て、何も期待しなくなった者の手にしか来やしないのだから……。
そんなことを何となく肌に感じ、これまでの価値観を疑う目を持てたあの小さな旅に感謝をしつつ、四年前の旅の足跡をたどることにした。
(後半省略)
2005年 春
目次
(※青色のページが開けます。)
プロローグ
第一章 旅立ちの時
- ストックホルムの光と影
- この国との出会い
- 晴天の雲の下
- バックパッカー デビューの日
- 袖すれあう旅の縁
- 百年前の花屋は今も花屋
- 郷愁のガムラスタン散歩
- バルト海の夕暮れ
- 船室での一夜
- これぞ究極のアンティーク
- 古(いにしえ)の里スカンセン
- 過信は禁物-1[ストックホルム発・ボルネス行 列車での失敗]
- そして タクシー事件
第二章 解放の時
- 森と湖の都ヘルシングランド
- 森の木に抱かれて
- 静かなる自然の抱擁
- 小さな拷問
- 私は珍獣パンダ
- ダーラナへの道-左ハンドルのスリル-
- Kiren
- 故郷の色"ファールン"
- ダーラナの赤い道
- ダーラナホースに会いにきた
- ムース注意!
- 白夜の太陽
- 過信は禁物-2[ボルネス発・ルレオ行 またも列車での失敗]
第三章 静寂の時
- 北の国 ルレオでの再会
- 雪と氷のサマーハウス
- 白夜の国のサマーライフ
- 焚き火の日
- ガラクタ屋とスティーグ
- ミスター・ヤンネ と ミセス・イボンヌ
- 田んぼん中の"ラーダ"
- 中世の都 ガンメルスタード
- 余情つくせぬ古都への想い
- 流氷のささやきに心奪われ
- 最後の晩餐-ウルルン風-
- 白夜の車窓にて
- ストックホルムのスシバー
- 旅のおまけ["モスクワ"フシギ録]
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