1. 北の国 ルレオでの再会
昨夜の騒動はどこ吹く風、実に爽やかな朝であり気持ちの良い目覚めを迎えていた。早朝7時20分、例により定刻より10分ほど早く、列車はこの旅の最後の目的地であるルレオに到着した。その少し前、昨日の車掌が私の部屋へ来て、たった今ボルネス駅との連絡がとれ、明日の朝11時にルレオ駅にトランクが届く旨を伝えてくれた。不愛想なふりをしているが、わりと親切な男だ。こうした気質がスウェーデン人の典型のようである。
暖房の効いた列車を降りると、眩しい太陽と凛とした清涼な空気が私を迎えた。あと200キロも北へ行くと北極圏だというこの地に、トモコはパートナーであるスティーグと共に14年も住んでいる。小柄なトモコに対しスティーグは身長2メートルジャストという大男で、2人の身長差は50センチもある。だから「まるで“ジャックと豆の木”だな」と人にからかわれるのだと前に言っていた。
ところで、パートナーと表現したのは、要するに正式な婚姻関係ではないという意味だ。でも、形式的なことにこだわらないスウェーデンではこうしたスタイルが昔から当たり前で、たぶんそういう夫婦の方が多いくらいではないだろうか。2人には子供はなく、その代わりにアグネスという黒猫が1匹いる。
ともかく、トモコは翻訳者としてはもちろん、今では友人としても全幅の信頼を置く頼もしいご意見番だ。
駅舎を出てしばらくブラブラしていると、朝寝坊のはずのトモコがスティーグの運転する車に乗ってさっそうと現れた。両手を大きく振り、満面 の笑顔と“ウエルカム”のポーズで私を迎えてくれた。2人との再会は、日本での初対面 以来2度目であった。
普段、彼女はルレオ大学で日本語学科の講師をしており、本当はとても忙しい身であるのだけれど、勝手な都合で来てしまった私のためにスケジュール調整をしてもらい、強引に遊びに付き合せることになっていた。その上、安いホテルを紹介してくれと頼んだところ、「我が家に泊まれ」と、結局1週間も居候するはめになってしまった。
(中略)
部屋に入り椅子を勧められるも、ちょっと一息ついたところで、すぐに「何はともあれ私たちのサマーハウスに行ってお茶を飲みましょう」ということになった。“サマーハウス”とは言っても、辺りはまだ雪景色だ。それでも気分はとっくに春なのだと言う。妙な話である。
車に乗って15分ほどを走ったところで、「さぁ、ここから歩こう!」とスティーグが言って車を停めた。「私がパイオニアよ!」と叫ぶトモコを先頭にして、膝上ほどの雪を踏み分けながら、ようやく湖畔のサマーハウスに到着した。ほぅ、ピンク色の壁が可愛いらしい小さな家だ。
普段は街に住み、夏の一時期だけを遠く離れた避暑地で過ごすといった日本の別荘ライフとは大きく異なり、「自宅から容易に車で行き来できるところでなければ別 荘なんて意味がない!」というのが彼らの考え方だ。彼らはそこで、森や水や光と遊び、夜は本と音楽と静寂を友にする。もちろん、テレビやオーブンレンジなどの文明器機はあえて必要としない。
目次
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プロローグ
第一章 旅立ちの時
- ストックホルムの光と影
- この国との出会い
- 晴天の雲の下
- バックパッカー デビューの日
- 袖すれあう旅の縁
- 百年前の花屋は今も花屋
- 郷愁のガムラスタン散歩
- バルト海の夕暮れ
- 船室での一夜
- これぞ究極のアンティーク
- 古(いにしえ)の里スカンセン
- 過信は禁物-1[ストックホルム発・ボルネス行 列車での失敗]
- そして タクシー事件
第二章 解放の時
- 森と湖の都ヘルシングランド
- 森の木に抱かれて
- 静かなる自然の抱擁
- 小さな拷問
- 私は珍獣パンダ
- ダーラナへの道-左ハンドルのスリル-
- Kiren
- 故郷の色"ファールン"
- ダーラナの赤い道
- ダーラナホースに会いにきた
- ムース注意!
- 白夜の太陽
- 過信は禁物-2[ボルネス発・ルレオ行 またも列車での失敗]
第三章 静寂の時
- 北の国 ルレオでの再会
- 雪と氷のサマーハウス
- 白夜の国のサマーライフ
- 焚き火の日
- ガラクタ屋とスティーグ
- ミスター・ヤンネ と ミセス・イボンヌ
- 田んぼん中の"ラーダ"
- 中世の都 ガンメルスタード
- 余情つくせぬ古都への想い
- 流氷のささやきに心奪われ
- 最後の晩餐-ウルルン風-
- 白夜の車窓にて
- ストックホルムのスシバー
- 旅のおまけ["モスクワ"フシギ録]
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