3. 晴天の雲の下
(前半省略)
アーランダ空港からストックホルム中央駅へは直通のバスが出ている(列車よりもはるかに安い)。向かう途中の景色はあまりに殺風景で、まるで何もない。 40分ほど走ると急に都会めいた景色に変り、すぐに駅が近いことを察した。駅前はどこの都会ともさほど代り映えがなく、まるで札幌の街でも眺めている程度の気分にしかなれない。久しぶりであるという少しの感慨の外は、異国に来たという感動らしきものはほとんどなかった。
そんなことよりも、スーツケースが重い。土産に持ってきた日本酒や書類の束を詰め込みすぎた荷物を何とかしなければならない。中央駅に着くなり、まずそのことを考えていた。実は、今回の旅の目的はストックホルムにはなく、北へ三百キロほど行ったヘルシングランドという街の取引工場にあるのだが、この時期、ゴールデンウィークの関係で早めに到着するチケットの方が格安に取れたので、初めの3日間をストックホルムでのんびりしながらスケジュール調整することを計画していたのだ。
それで、目的とする工場への迷惑もかまわず、必要最低限のものだけを持ち、スーツケースごと宅配便で送ってしまうことにした。
まずは、3日後に必要となるヘルシングランド行きの予約チケットを苦労の末に買い求めた後、ついでを装い「このバゲージ(トランク)をセンドしたい(送りたい)!」と言うと、「あっちのインフォメーションに行け」と即答。言われた通りインフォメーションへ行って尋ねると、「ドアを出て右に行くと列車の切符売場があるからそこで聞け」と言う。今来た切符売場へ素直に戻り、1番窓口で聞いてみた。1番窓口の女は20番窓口へ行けと言う。仕方なく20番窓口へ行けば、再度1番窓口へ行けと言われる。「1番窓口の係員が20番に行けと言うからここに来たのだ!」などと複雑なことは私の語学力では絶対に無理だ。そこへ運良く、日本人と思われる女性が通りかかった。ピンクのサマーセーターを着た黒髪の彼女は、まだ学生かと推される利発そうな美人だ。とっさに私は、もし英語ができるなら手伝ってくれるよう頼み、すぐに快諾を得た。
その一安心も束の間、やはり、上へ行け下へ行けと、右往左往の苦労を今度は二人でさせられるはめになっただけのことであった。歩きながら聞いてみると、彼女が乗るべき列車の時間もせまっており、あまりゆっくりしていられる場合ではないらしい。彼女はファールンという田舎町にあるダーラナ大学へ留学に訪れた大学生だったのだ。
「あとは一人で何とかするから」と彼女を見送ろうとすると、「何かあったらEメールで知らせてくれ」と一枚のメモをくれた。困っているのは今現在なのに、Eメールが何の役に立つものかと思ったけれど、後日このメモが存外面 白い旅の引き金になった。
目次
(※青色のページが開けます。)
プロローグ
第一章 旅立ちの時
- ストックホルムの光と影
- この国との出会い
- 晴天の雲の下
- バックパッカー デビューの日
- 袖すれあう旅の縁
- 百年前の花屋は今も花屋
- 郷愁のガムラスタン散歩
- バルト海の夕暮れ
- 船室での一夜
- これぞ究極のアンティーク
- 古(いにしえ)の里スカンセン
- 過信は禁物-1[ストックホルム発・ボルネス行 列車での失敗]
- そして タクシー事件
第二章 解放の時
- 森と湖の都ヘルシングランド
- 森の木に抱かれて
- 静かなる自然の抱擁
- 小さな拷問
- 私は珍獣パンダ
- ダーラナへの道-左ハンドルのスリル-
- Kiren
- 故郷の色"ファールン"
- ダーラナの赤い道
- ダーラナホースに会いにきた
- ムース注意!
- 白夜の太陽
- 過信は禁物-2[ボルネス発・ルレオ行 またも列車での失敗]
第三章 静寂の時
- 北の国 ルレオでの再会
- 雪と氷のサマーハウス
- 白夜の国のサマーライフ
- 焚き火の日
- ガラクタ屋とスティーグ
- ミスター・ヤンネ と ミセス・イボンヌ
- 田んぼん中の"ラーダ"
- 中世の都 ガンメルスタード
- 余情つくせぬ古都への想い
- 流氷のささやきに心奪われ
- 最後の晩餐-ウルルン風-
- 白夜の車窓にて
- ストックホルムのスシバー
- 旅のおまけ["モスクワ"フシギ録]
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