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仰ぎ見る空

 いつであったか、ブッシュ氏が来日した際、彼は国会議事堂でこんなスピーチをした。「かつて福沢諭吉という偉人は、明治維新の折り『Competition』という英語を『競争』という造語を発明し訳にあてた。日本の発展は『競争』をおいて他にはない!」と。〝強いアメリカ〟をスローガンにする彼らしい話であるが、それをニヤニヤしながら喜んで聞いていたのが誰あろう例による〝あの人〟(前総理)だ。
 確かに、福沢諭吉は沢山の翻訳と新しい日本語を生み出した。しかし、私の知識による福沢諭吉の名訳は、「Freedom」を「自由」と訳した一事に尽きる。

 弱肉強食的〝競争社会〟を是とする現代病とも言えるだろうか……、近ごろ、学童教育の現場におき〝イジメ〟の問題がしばしば取り沙汰されるのを見聞きする。イジメこそは、最も小規模で幼稚な戦争の起源と言えるかも知れない。けれどそれは、力が正義であり、勝つことが正しいという教育を改めない限り決して無くならない。
 成績の上がり下がりで誉められたり叱られたり、偏差値の高い低いで進路や将来のレールが決められてしまうことに疑問を持つことさえ許されない。
 そんなふうに、強い者が勝ち勝つことが誉れであると大人社会から教えられた子供たちが、自分より弱い者を見つけてイジメの標的とするのは当たり前のことなのだ。
 イジメられたくないからイジメる側におもねる。負けたくないから勝ち組になろうとする。今、子供社会は(大人の社会も一緒)そんな恐怖心と脅迫観念でいっぱいだ。

 現に私自身、そういう幼少体験を嫌というほど実感してきた。イジメられている気弱な級友をかばえば、今度は私が「生意気だ」とイジメられる。イジメられていた子は、いつのまにかイジメっ子たちに加わり私を攻撃するようになった。
 足を傷めて長い間松葉杖をついていた子が、「かたわ、かたわ」とからかわれて泣いていた。それに同情し、私はイジメっ子たちに口はばったい意見をしたことがある。しかしある時、彼はようやく足を完治させ、同じ時期に、今度は私が肘を骨折してギプスをはめることになった。すると、松葉杖を外したばかりのその子が、仲間と一緒になり「かたわ、かたわ」と私を指差して笑った。
 善悪の判断がつかない子供にとって、イジメる側になろうとする事こそが最大の防御なのだ。実に残酷なことではあるけれど、仕方のない現実だ。全ては大人たちの歴史がそうさせたのだから……。
 そうした子供たちがいつか大人になって、やはり争いを繰り返すようになる。そしていつしか、理屈ではなく単に勝つためにのみ戦うような本能を身に付け、いつでも敵を求め戦い続ける宿命を背負わされる。
 要するに、何かを目指し勝ち続けることが向上心だと信じ込まされ、頑張らなければ駄 目になると錯覚してしまうのだ。だから、いつまでたっても人の心は安らがない。
 何で勝たなければいけないのか、どうして一番でなければ気がすまないのか。勝つということは誰かを負かすこと、一番になるとは他を打ちのめすこと。順位や評価にばかりこだわり、人を追い落とし、人の上に立つことを、なぜ目指さならなければいけないのか……。

(後半省略)

目次Contents

プロローグPrologue

第一章「戦争を見つめる」

  1. 原爆の爪痕 長崎原爆資料館にて
  2. 広島の黒い空
  3. 赤と黒だけの世界
  4. 悲惨な戦争
  5. 扉は必ず開かれる
  6. ケネディの遺言
  7. 共感共苦
  8. ソクラテスの憂鬱
  9. 一番になりたい症候群
  10. 天下の御意見番
  11. 大地の子
  12. 何ゆえの犠牲
  13. 鍬と胸飾と笛

第二章「平和を考える」

  1. 旅の途上
  2. 長崎の空に想う
  3. 売らない作家
  4. 備前の土と一期一会
  5. 広島の青い空
  6. 1900通の未練
  7. 非競争の論理
  8. 仰ぎ見る空
  9. 弱く優しき者
  10. 大和魂
  11. 優しさの代償
  12. 聖戦の果て
  13. 恨み 戦後60年の日に想う
  14. 風月同天(ふうげつどうてん)
  15. 戦いのトラウマ

第三章「未来(あす)を望む」

  1. 平和への入口
  2. 音楽が伝えるもの
  3. 心のとまりぎ 安曇野平和芸術館の構想
  4. 泣けることの幸せ
  5. 無量の感謝
  6. 心の蘇生
  7. フラワーチルドレン
  8. あなたへ花を捧げたい
  9. 命こそ宝(ヌチドゥタカラ)
  10. 打ちそこねた終止符
  11. 炭坑のカナリア
  12. すれちがう言葉
  13. 確かな言葉
  14. 歓喜(よろこび)の歌

エピローグEpilogue

著者背景


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