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長野県松本市在住のSさん

2005年5月6日(金)10:59
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長い間、私は平和を訴える術(すべ)を模索してきました。その答えを知ろうとして広島・長崎の原爆資料館を訪れ、知覧の特攻平和会館へも行ってきました。
でも、その全てが過去の辛い記憶を辿るに終始し、いったい若者世代へどれほどの説得材料(興味)となりうるものかと少しの疑問を残しておりました。もち ろん過去の忌わしい現実を風化させず後世に継ぐことは大切なのですが、それだけでは両輪がそろわないような気がしていました。
このたび「安曇野平和芸術館」の設立趣旨を読み、私が辿り着いた考えと全く同じであることに驚き、且つ感動しました。私は芸術には全然うといのですが、 文学ならば少し解ります。軟らかな文学的言葉で優しく語ってこそ、若者たちに平和の心は届くのだと思います。その点におき、上原良司氏の文学(哲学)的な 平和主義の表現に傾倒した者の一人なのです。
それと、冊子「八月六日という日に生まれて」もとても感動しながら読みました。 正直言って、私の息子と同じくらいの年令なのに、よくこれだけ勉強して結論を見い出したものだと大いに感心しました。
ブッシュへの批判的洞察も面白かったし、非競争の論理や弱い者から見た平和観などに感銘を受けました。そして何より、「感性がつなぐ縁」という 言葉に〝ピン〟とくるものを感じ、突然の失礼をも顧みずお便りをした次第です。

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あずべぇーのコメント:老若男女をとわず無関心を 装おう人が多い昨今、身にあまる励ましの言葉に喜びがたえません。お誉めいただき恐縮ではあるのですが、実はこれは、ほとんど勉強も研究もせずに、ただた だ永年の想いの丈を散文につづっただけのものであり、結果 結論を断言したものでもないのです。
文学的であるとは、一層難しく教養的であるべきという概念をくだき、軟らかな言葉で若い人に語りたいという姿勢に感銘します。おっしゃって頂くとおり、 お仕着せの言葉や押し付けの情報では反発を買うだけで 共感・共鳴を得ません。 相手が望む言葉と環境をこちらから差し出してこそ両輪が整うものだと思います。




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